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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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上高地・霞沢岳 

菊池です。3年間温めていた秋の霞沢岳・徳本峠~島々への古道の計画が漸く実現しました。
夢を抱いた平均年齢60歳3人の変化に富んだ珍道中でした。

【山域】上高地・霞沢岳
【日時】2007年10月6日~8日
【メンバー】CL菊池・鶴田・竹下
【行程と天気】
6日:晴れ 千葉4:00発 -沢渡-上高地-明神池(嘉門次小屋で岩魚定食1500 円)-14:30徳本峠(テント)泊
7日:晴れ夜半から雨  徳本峠5:20ー8:35P1-9:23霞沢岳-徳本峠13:46-16:00岩魚止小屋(テント泊)
8日:雨 岩魚止小屋-二股ー島々-沢渡(車回収)-滝島温泉(せせらぎの湯500円)-帰葉


 毎年6月初めの日曜日、上高地ではウエストン祭が開催される。小生も2004年ウエストンの辿った、島々谷~徳本峠の素晴らしい古道を新緑の時期に堪能し、すっかりその魅力の虜となってしまった。再度紅葉の時期に、いつも上高地から仰ぎ見ているあの霞沢岳と、徳本峠から島々谷の渓流沿いの古道を楽しむ計画を温めていた。昨年の7月、まれに見る集中豪雨のため登山道はズタズタに寸断され、長期間通行止めであったが、漸く9月末に解除され計画が実行された。
 1日目、明神池から徳本峠までの登りは約2時間の楽勝ムード。2泊のテント泊用食材をたっぷりザックに詰め、上高地から嘉門次小屋の明神池への遊歩道をゆっくり歩いたが、連休の大混雑、はたして岩魚が残っているか、限定○○匹か??次第に焦りのせいか、ハイペースとなってしまった。待ち時間30分、高価な岩魚の塩焼きは絶品であった。峠に向かって徐々に急登になるころ、明神岳から前穂の雄姿が飛び込んできて、ハイテンション。水場で一人3~4リットルをノルマに補給。ビール500×5、ワイン1000、焼酎・ウイスキー・梅酒、いったいどうしてこんなにちば山は苦労して重い水物を担ぎ上げるのであろうか。峠では狭いスペースに10張り程。穂高連山を目の前に贅沢な宴会・満天の星空に酔いしれた。
 2日目、朝はかなり冷え込んだ。明日は天気が崩れることが分っており、今日中に上高地か岩魚止め小屋まで下山することに変更し、5:20夜明け前にヘッデンをつけ出発した。樹林帯をジャンクションピーク向かったが、視界の効く所までと焦ってハアハアしながらオーバーペースで登行した。何とか樹間が開けた場所から、赤紫に染まるモルゲンロードの穂高を望むことができた。P1への標高差約200mは今回の最も苦労する急登である。今年は紅葉が2週間ほど遅れており、この辺(標高2400~2600m)が紅葉の見頃であった。PIに立つと西穂・奥穂・前穂から岳沢が真正面に対峙している。めったに見れないグレイトビューである。乗鞍・焼岳・笠ヶ岳・御岳・白山これぞ正に360度の大パノラマ!!やはり霞沢に来て良かった。
徳本峠でテントを素早く撤収。岩魚止小屋まで下っていれば、明日は雨でも大丈夫であろうと決断した。1時間ほどは急斜面の歩きやすいジグザグ登山道である。次第に沢に添う登山道となるが徐々に昨年の水害の爪痕が散見されるようになった。「アッ・・・」突然竹下さんの甲高い声。びっくりして振り返ると「天然ワサビよ!!」夢中に数株盗掘した。岩魚止めまであと30分余りか、夕食の宴会の食材をゲットして、一同満面の笑み、記念撮影までして、小屋へ急いだ。ところがである。間もなく、登山道の真ん中に獣の黒い糞!!「これは間違いなく熊だ」「登山道が開通して、熊の縄張りを荒らされたと思い、警戒させるため、登山道の真ん中にしたのだろうか」などなど。途端にテンションDOWNかUPか分らないが、小屋までは笛を吹いたり、奇声を発したり、我々以外にこのルートを下ったパーティがいなかったからよいものの、珍道中そのものであった。
岩魚止め小屋下の河原は、ブルドーザーで修復中。苔むした木の橋は水害で跡形も無く流されたが、鉄パイプの仮橋が完成したばかりであった。どうみても、この谷底にどうやってブルドーザーがあるのか??「きっと分解してヘリで運んだに違いない」と想像したが、後日、長野県生活環境部自然保護課(登山道の情報をHPとメールで得ることができた)に確かめたが、まさにその通りであった。 最終日は夜半から降り始めた雨足が更に激しくなっていた。落石と崩落注意の立て札が各所にみられ、一部、落石により、再び崩落した橋もみられ、その脇をコワゴワ通過したり、滑る大木の橋に刻まれたステップを恐る恐る渡ったり、スリルに満ちた下山であった。苔むした石垣や史跡の被害は殆ど無く、古道の魅力は十分味わえた。修復された多くの仮橋、二股からの林道も、大きくえぐられた状態が数箇所残っており、豪雨の凄まじさと復旧には大変な苦労があることが理解できた。この素晴らしい古道を存続すべくこれからも長野県の努力続けられるようである。
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