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ちば山の会の山行報告

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庚申山◆写真 

山行報告「庚申山」

・山名    足尾山塊 庚申山・皇海山
・メンバー  広木(国)・菅井・寺崎(記)
・山行日   2014年6月21日(土)・22日(日)


・6月21日(土)3時30分、千葉出発。

東北自動車道から、日光、銀山平に入る。国民宿舎「かじか荘」先の駐車場にはすでにかなりの先客。
ここで山荘の管理をボランティアで実施している、栃木労山・森さんと合流する。
はじめのうちはごく普通の林道だったが、すぐに、崩れ落ちてきた岩が砕け散乱した林道に変わった。左は溪谷、右は緑の斜面、何時間か前に千葉にいたのが嘘のようだ。
途中には「天狗の投石」と書かれた、そこだけがたくさんの大きな石が積まれた不思議な斜面があり、霊山の趣がもう始まっている。
「一の鳥居」を過ぎ、庚申七滝を眺めながら「庚申山荘」を目指す。苔生した大きな岩がごろごろしていてその上にしっかり根を下ろした木々の存在感。鏡岩とか夫婦蛙岩などと命名された大きな奇岩もあった。

9:00「庚申山荘」着、山荘周辺の散策。クリンソウの赤紫が鮮やか。1時間後、庚申草を見に庚申山目指して出発。山荘で一緒になったお母さんの3人組と菅井さん、寺崎5人で登り始める。広木さんは山荘の管理人森さんと山荘とトイレの清掃。山荘のトイレはエンジン発電を利用したバイオトイレであった。かなり大きな山荘なので、清掃助っ人は森さんにとっても心強いだろう。
さすに古火山らしく此処彼処に奇岩が多い。何度も庚申草を見に来ている菅井さんの案内で、水が滴る大きな岩にひっそり身を寄せている庚申草に御目文字した。岩に付いている白い苔に隠れ、言われて初めてこれが庚申草だと認識した。山荘の大きく引き伸ばされた写真と違い、あまりの可憐さにこれが食虫植物?皆さんが夢中になるはずだ。一緒に咲いているサクラソウに引けをとらなかった。山行者のほとんどが庚申草目当てとか。足場が悪く、写真は接写が難しくうまく撮れなかった。

天候があまりよくなかったので、山頂からの眺めは今一で、次の日登るはずの皇海山頂はとうとう姿を見せずじまい。帰りは「お山巡り」で下山。結構しんどいルートとか。岩の迫り出した大きな岩陰にやはり庚申草、サクラソウが密やかに咲いていた。大胎内、鬼の耳すり、馬の背とか、眼鏡岩…、奇岩の宝庫。梯子、鎖場、崩れ落ちそうなトラバースコースで、スリリングなおもしろい下山だった。とは言え、トラバース途中、ずり落ちた男性、山頂付近で大きな岩が落ち辛うじて梯子で止まっていたと情報も入った…、油断大敵である。奇岩の上に根付く樹木、雪の重みで同方向に枝垂れている樹木。自然の厳しさを垣間見た。

2日目(22日)…昨日の下山最後の行程で降り出した雨がずっと続いていたので、皇海山登山は断念。出発予定の3時頃まで山荘でのんびり過ごす。
昨日姿を見せた、森さんが取り上げた鹿のハナちゃんは姿を見せず、他の鹿が時々姿を現した。木々の間から見えるその姿を白い馬に置き換えるとまるで東山魁夷の世界だ。きな臭い世間をしばし忘れさせる静謐、命が洗われる思い。
しかし、森さんの話を伺ってショックだった。
猿田彦神社が壊れてしまったので、庚申山荘内に御神体(銅鏡)が祀ってあったが、それが盗難に遭ったという。山荘内の賽銭、山荘利用料金(普段は無人のため、入れる箱が置いてあった)、飾ってあった庚申草の写真、時計、方向や山の位置を示す大きくて重たい銅版(ステンレスの台に止めてあった)等々、呆れるばかりである。

話を伺って許せないと思ったのは、登山客に対してもあった。木製のテーブルには丸く焦跡がいくつもあった。そればかりか、カーペット等にも、である。寝る場所の至る所にロウソクの蝋が垂れた跡があり、直接ロウソクを立てた形跡もあった。
だいたい、ロウソクなど、どうして必要なのか? みんなヘッドライトは持っているだろうし、LEDのカンテラだってあるだろう。明かりには困らないはずだ。自宅のテーブルや畳、カーペットに直接ロウソクを立てる人間が何人いる?
 私は山に登り始めて間もないが、山が好きな人はみんな善人だと思い込んでいた。認識を変えざるを得ないと思ったが、それでも森さんは手弁当で山荘の管理を続け、登山者に気を配り、登山道を直している。そして、助っ人をしている広木さん、樹木や草花について愛おしそうに話される菅井さん。
 一味違う山行経験だった。


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