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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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奥又白池から北穂縦走◆写真 

田中孝平です。
上高地~奥又白池~北尾根5・6のコル~涸沢~北穂高岳への縦走を報告します。


873槍をバックに  [槍をバックに]

期日:平成25年9月20日(金夜)~9月23日(月)
メンバー:田中(CL)・石橋・澤田
日時:
20日(晴):市川(本八幡駅前)22:50=首都高=中央道(松本IC)=沢渡
21日(晴):沢渡=タクシ-5:30=上高地6:30~新村橋8:45~中畠新道分岐9:50~奥又白池13:15
22日(晴):奥又白池6:30~北尾根5・6ノコル~涸沢10:20(テント設営荷物デポ)11:15発~南稜~北穂山頂(北穂高岳小屋)15:05(泊)
23日(晴):北穂高岳小屋(山頂)6:30~涸沢8:30(テント撤収)9:25発~本谷橋~横尾11:30~新村橋12:20~上高地14:25=タクシー14:50=沢渡15:30=往路を帰還

行動記録:

今回の奥又白池訪問は私の衰えゆく行動力に過っての夢の見納めの感覚を持って企画した山行であり、それに同行の手を挙げてくれた、澤田さんと石橋さんに感謝しつつの山旅と成りました。(神様の加護か晴天に恵まれスバラシー山旅となった。)

20日夜に澤田さん宅から本八幡駅南口で石橋さんと合流して、3人で穂高へと向かう。
21日沢渡で車内仮眠の後に遥か以前よりの友人(今はリタイヤで配車係勤務)に依頼してアルピコタクシーにて上高地へ入る。(上高地入りも幾百回であろうか)感無量の中での穂高の瞳を指して入山となる。
徳沢園から新村橋には何時もの道を辿り、此処からいよいよとパノラマ下部から中畠新道を辿り、奥又白池へ進むが中畠新道の分岐で(正面左の松高ルンゼに対峙する様な右の岩場に緑色のレリーフの下を斜上する様に僅かな踏み跡に踏み込む。
この後は踏み跡を辿りながらの急こう配の木の根・木の枝・岩角・草付きを頼りに攀じ登りながら進むとやがて、木イチゴとブルーベリーの中の道から奥又池に飛び出す。
この池は前穂東面の岩場にポツンと存在する「瞳」と言われる美しい池で静寂の漂う湖畔にテント泊での一夜の泊となった。

※過っては幾度も通い、お世話になった池や前穂の岩場と奥又の谷にもう来ることも無いであろう想いを胸に一夜を過ごした。(水も中又谷側に少し降りたところに枯れずに流れていて、おいしい食事が出来たのも有りがたく旨い酒が呑めた。)

22日晴天の下での美しい池と山波そして朝焼けに彩られ思い残す事の無い充実の心で此処を後にして、苺を食べ、ブルーベリーを食しながら5・6ノコルを目指して奥又谷を横断して目印にし、少し手ならしに使った20m位の岩場の角に手を触れ、その冷たさを感じてここともお別れをして来た。5・6のコルへはこのガレを途中まで登り右の細い岩尾根上の踏み跡を(時たま丸印あり)喘ぎ喘ぎで登りきり、このコースの一番の難所でありコル直下のザレた5m位の横断に差し掛かる。ここでは念のためザイルを使用して安全確保を行い無事に横断をする。(両端にハーケンが打たれていて支点となっ
た。)コルに着くと涸沢や奥穂・北穂の山並みが一望出来て素晴らしい景色を見ることが出来た。
休憩と軽い食事の後に今度は涸沢に向かい急なガレを下降して行く。
約1時間強で涸沢の万年雪の上にたどり着き、此処にテントを設営して不要な荷物をデポを行い、すぐに北穂を目指して南稜から登り出す。
休みを幾度か入れて15時には北穂山頂にたどり着き、時間が有るので5分ほど松浪岩から滝谷C沢の上部に入りC沢や滝谷を2人に教えて小屋に戻る。
小屋は最近定評のある生姜焼肉定食の食事が出されこれにも満足で酒が進んだ。(朝も十分)ただ、連休で混んでいて夜が暑くて眠れなく、朝方に気温の下がる頃にようやく眠れた。

23日美味しい食事で味噌汁とご飯をお替りをしてシャリバテの無いだけの食事を腹に収め、晴天の中で槍や穂高の峰々に送られて、往路を下山した。
今度は沢山、来ても泊らずにいる涸沢小屋でソフトクリームとコーヒーを頂き、次回は必ず、此処に泊ることを心に誓い涸沢を後にした。
(次回は槍の氷河公園の天狗池からキレット~涸沢を歩き、涸沢小屋に泊ることを心に置き)涸沢からは予定ではパノラマ下山でしたが、次回に回して横尾経由で下山とした。

以後は省略します。


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