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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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楢俣川後深沢沢登◆写真 

内堀です。
尾瀬 後深沢~至仏山山行報告します。

 
09背後に連瀑帯が迫る  [背後に連瀑帯が迫る]

【山城】  尾瀬 楢俣川後深沢
【コース】 奈良俣ダム~楢俣川深沢~後深沢~至仏山~笠ヶ岳~奈良俣ダム
【日時】  8月9日(金曜日)~8月11日(日曜日)
【天候】  晴のち曇り(一時小雨)
【参加者】 CL:柘植・SL:藤・ 富樫(富)・内堀(記録)
【山行タイム】1日目 奈良俣ダム:6:30~狩小屋沢:9:55~深沢入渓:11:30~後深沢口:11:40~野営場着(1650mm):16:30
       2日目 野営場発:6:00 ~ 稜線:8:20 ~ 至仏山:9:45 ~ 小至仏山:11:30 ~ 鳩街峠:13:15 

【山行報告】

8月9日夜、鎌取駅:20:20(藤さん)・国府台駅:21:40(内堀)・松戸駅:22:00(富樫さん)を拾い、外環道の三郷南ICから関越道を経由して、水上ICで降りて道の駅水紀行館にて仮眠する。
(1日目)
翌朝他グループのポールをたたむ音に目を覚まし5:00起床する。片付けを済ませ、車を飛ばし奈良俣ダムへ向かい6:20到着した。
ここより沢への入渓地まで約3時間ダムの周りをひた歩きする。途中、豪雨災害の影響か道路の崩落が見受けられた。
2時間30分経過した時点で、沢準備を行い入渓地点を探す。ようやく到着し沢へ入る。沢への道のりが長かったせいか、水が心地よい。
始めは本流のため水量が多い。ゴロ地帯が多かったが次第に少なくなり分岐の後深沢口に到着した。いきなりの滝の登攀が現れた。
CL柘植さんは滝を中央部を登り始め途中コケ地帯があり、滑る危険を感ずる。ここで私の持って来たタワシが役に立つ。
我々は右岸を巻きながら滝超えとなった。この先、綺麗なナメと滝の連続で進んでいく。滝もナメのように綺麗であった。また、鬱蒼とした樹林帯ではなく青空が見え開放的な沢であり気持ちが良い。
入渓後まもなく、記録本人が遅れ始める。荷物が重いのであろうか体力が無いのだろうか? この先が心配だ。
(テント本体を持っているため置いていく事はないだろうと思いつつ、苦しみながら遡行し続ける。)
途中何回か休憩を挟み、1650mm地点の宿泊地点を探す。ネットでは仮眠場所ありとありましたが、その地点は大きな岩が点在して
おり、とても4名も寝られ場所とは見受けられない。CL柘植さんは上のほうも探したが、どうも此処のようだと判断。
ここで本日の野営地を決定する。16:30頃  テントを張り・着替え・夜の食事を用意する。沢で冷やしたビールが心地よい。
富樫(富)さんの食事がとても山で食べるようなものではなく、レストランで食べるものであった。ハンバーグは美味しそうであった。
皆さんラーメンやご飯ありと楽しい食事となった。早朝のこともあり、18:00頃就寝する。テントの中には4人は入れないと判断して、
富樫(富)さんがツエルトで寝る事を宣言する。男性人は18:00時に見事就寝して、不覚にもいびきを掻いていてその轟音がテントの外に
響き渡っていたようである。蛙がテントの中に入り込み、顔を何回も行き来するため、格闘の末一匹テントの外に出すことに成功する。
更に就寝を続け4:00頃起床する。
 
(2日目) 
朝食を済ませ、沢準備を行う。タイツが濡れている。沢用の靴下・スパッツも濡れており冷たい。
準備終了後、6:00頃出発する。出発して20分頃にこの沢の核心部へと到着。荷物が重いためこの箇所を渡るのに苦労する。
無事終了して沢の最終地点での水汲みを行う。各自2Lプラティパスに詰め込む。本日も遅れている。皆さんに迷惑、どうしようもない。
これより枯れ沢を上りつめ稜線に到着。8:20 本日霞が掛かっていたため、稜線からの尾瀬ヶ原は多数の池塘が見え幻想的に見えその後方には燧ケ岳がドーンと構えておりました。この先稜線歩きと期待しておりましたが、残念ながら這い松と岩の道でした。
何とか至仏山に到着。9:45頃 ここで身に着けていた沢靴はじめ道具を片付けザックに放り込む。更に荷物が増したようである。
また、至仏山は蛇紋岩が多く滑りやすく下りでは余計神経を使いながらの下山となった。
昨日より履いていたハイキングシューズが靴擦れが更に悪化し小至仏山で、靴・靴下を脱いだ所、足裏の指先手前の甲の部分の皮が両足皮が剥けてしまった。藤さんよりバンドエイドを頂き患部に貼る。少しは楽になる。この靴は久々の使用ため靴擦れを起こしたのだろう。
さすがにこの事態にたいして、CL柘植さんが笠が岳経由奈良俣ダムへの歩行困難と判断して、鳩街峠へ下山してそこよりタクシーにて奈良俣ダムに行くことを決行した。鳩待峠に向かうが足が痛いのかハイカーにも抜かされ情けない状況での鳩待峠へと到着。13:15頃
先行していた柘植・富樫さんがタクシーを捕まえ奈良俣ダムへの配車を成功させて頂いた。感謝・感謝です。
奈良俣ダム経由で車に乗り込み、谷川温泉(湯テルメ)に浸かり・関越自動車道赤城SAにて早い夕食をとり、一路帰路に向かう。
次回からは荷物をできる限りコンパクトにまとめ減らす。靴については履きやすく慣れたものか良い靴をと感じました。
この次は遅れを取らない事を誓いつつ本日の報告書の締めとさせて頂きます。 
 
【記録の一言】
尾瀬の語源は、古文書には「小瀬」又は「尾瀬」と載っています。語源学から言えば「尾瀬」は「生瀬」が正しく、生瀬は浅い水湖中に草木が生えた状態で湿原の意味。奥上州の古い方言では卑湿地のことを「おぜ」と呼んでおり、宛字の「小瀬」とか「尾瀬」という地名が生まれたという説があります。至仏山は四仏山、守仏山とも言われています。中腹に「高天ヶ原」「賽ノ河原」などと神仏合体を意味する地名を持つ山です。


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