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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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水根沢沢登◆写真 

内堀です。
 
奥多摩 水根沢山行報告です。

 
05 へつりの練習  [へつりの練習]

【山城】  奥多摩水根沢
【コース】 水根沢キャンプ場150m先~半円ノ滝~水根沢林道経由水根沢キャンプ場
【日時】  7月28日(日曜日)
【天候】  曇りのち雨
【参加者】 CL:辻本・SL:上茂・石橋・石井・沢田・杉山・富樫・村野・細谷・内堀(記録)
【山行タイム】 水根沢キャンプ場出発:10:20~半円ノ滝:13:17~水根沢キャンプ場着:13:35

【山行報告】

本日は天気予報は晴れのち曇り、奥多摩駅に到着してバスに乗り水根沢入り口にて降車、キャンプ場まで歩いていると汗が引かず、汗をかいたままキャンプ場内の小屋で準備をする。
キャンプ場の張り紙はここは沢の入り口ではないと掲示、150m先の入り口発見、駐車場にて全員準備体操を行う。
いざ沢へ突入!始めの一歩は、出来るだけ濡れない様にと、気にして遡行する。沢靴が濡れ、足の中まで水が入り、そのうち腰まで浸かり、気持ちよいと感じたのは最初だけ。滝を何本か登り続けている内に、体は冷え、寒ささえ感じる。
 
水は濁り足元が見えず、深さが判らない。釜を通過する度に用心するが結局、全身ずぶ濡れに至ってしまう。
この深さから滝を登るには、始めの一歩が上がらない。体重が重いのであろう。・・・残念
何人かは滝を上がったメンバーが、上から・下からとお助けを行い通過をする。途中より雷の音と雨が降り始める。
雨は暖かい、沢の水の方が冷たい等と考えていると。本日は前日から続く雨で水量が多く、大滝は直登できず右岸を巻き、懸垂下降で大滝をクリアーし、左岸の壁は念の為、ザイルを張っての登攀、本日最大の難所を無事クリアーする。
 
12時を回った頃から、全員、「お腹が空いた」とお昼タイムを連呼。右岸の窪地で昼食とする。
昼食地は樹林帯の中にあり、少し薄暗い。回ってきた暖かい紅茶が有難い。若干、一人を除いて皆が寒そうである。
最後の半円ノ滝は足場に激流が走っている。数人、何とか行けるかなと下から眺めるが、本日は「登らず」となった。
左岸の踏み跡を辿り、水根沢登山道を下り、キャンプ場に到着。全員、沢靴を脱ぎ帰路の準備をする。
 
奥多摩駅近くの「もえぎの湯」で身も心も洗い流し、気持を一新して駅の路地入口にあるギョーザ屋に入り、軽い食事と生ビールを胃袋に詰め込み、余韻も覚めやらぬ内に、ホリデー快速に乗り込み帰路に着く。
 
【記録の一言】
本日は急遽(土曜日の夜19:00頃)の参加を認めて頂きありがとうございます。CL・SL・メンバー一同に感謝いたします。
ちなみに奥多摩の由来を調べてみました。ご参考になればと思います。
 
奥多摩とは、1955年、氷川町、古里村、小河内村の三村合併により誕生した。多摩川の上流、奥多摩渓谷に因んだ新地名。
「奥多摩」は、もとは田舎の多摩地域のさらに奥に広がる山里で、現・西多摩郡奥多摩町とその周辺部の山域を含めた俗称であったとされる。「多摩」は、古くは「魂」・「丹波」・「多麻」・「多磨」とも書かれ、「和名抄」は「太婆(たば)」と訓じている。
玉川の源流は山梨県北都留郡丹波(たば)山村にあり、源流名の丹波川に因んだ説がある。この「たば」は、「峠」の意とする説がある。
また丹波川(たばがわ)は甲斐の国から離れていく川「タバ(手離)川」の意とする説もある。
他の説には「タマ」は「聖なる御霊(みたま)」を意味し、神のいる嶺の頂上から流れる川を表したとする説や「タマ(魂)」の意で大国魂命(おおくにたまのみこと)が治めたことからとする説もある。
さらに麻布(あさぬの)が大量に穫れる地・「多麻」とする説、湿地帯を意味する「タマ(溜)」とする説、川が曲流する様を表す「タマ(撓(たゆ))」とする説などもある。
なお、玉川は「玉石を敷き詰めた瀬」の意で多摩川の美称。


+写真集へのリンク+
 
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