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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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焼額山ー毛無山山スキー◆写真 

菊池です。
歴史ある一風変わった、超ロングハードツアーに参加でき、貴重な体験ができました。


04 さあ、竜王に向かってのスタートだ  [さあ、竜王に向かってのスタートだ]

【山域】焼額山ー毛無山
【日程と天気】2013年4月10日(水)曇り(時々薄日がさす)-ガスで視界不良―小雪模様
【メンバー】56数名(5班に分けた)、山スキー・ゲレンデアルペンセット・テレマーク(細板ステップソール~太板)・ボード・スプリットボード(女性3名)など種々雑多。小生はセンター78mm、最大幅118mmのアトミックテレマーク板・ガルモントプラブーツ
【行程】9日:奥志賀スポーツハイムに宿泊
10日:8時集合-ゴンドラ・リフトー焼額山山頂(1960m)8:50-高標山(1747m)-カヤノ平(1450m)・昼食ー地蔵山(1565m)-16:45毛無山(1650m)-ゲレンデ滑走ーゴンドラー野沢温泉(野沢温泉ホテルにて慰労会・宿泊)
11日:朝、信濃町へ帰宅、勤務


・このツアーの歴史は70年ほどになるとのこと、野沢温泉スキークラブと志賀高原スキークラブが中心となり、遭対協の訓練の一環として行われている。多いときには100名以上の参加があったとのこと。
・sTs(信濃町テレマークスキークラブ)で知り合りあい、ペンション経営をなさっているO氏はなんと10回連続参加で表彰されたとのこと、この方の勧めで小生にとっては縁の深い奥志賀と野沢温泉を結ぶ直線距離にして20km以上の過酷なツアーに参加することができた。
・奥志賀ホテルがオープンした年にホテルでアルバイトをし、また大学のころ競技スキーを少しかじり、野沢温泉で合宿を行ったり、大会に参加したり、いずれも40数年前で極めて懐かしいところである。前夜の宿舎、スポーツハイム志賀はあの有名なプロスキーヤー杉山進さん経営、慰労会で宿泊した野沢温泉ホテルは学生の頃は高級で泊まれず、喫茶室でコーヒーをすすりながら、アダモの「雪は降る」を聞いた思い出、そして野沢スキー場のゲレ食で、札幌オリンピックで笠谷が優勝したシーンをテレビで見たことなどなど、青春の日々を思い出しながらの有意義で楽しいイベント参加であった。
・コースはクラシックツアールート(残雪期以外は1泊2日コース)であり、アップダウンを繰り返す長丁場、長い登りではライトツーリング仕様の方々や若者には大幅に遅れをとる省エネペース、気温上昇がなく、また硬い残雪の上に数cmの新雪でリセットされた斜面は快適な林間滑走が楽しめた。後半はガスで視界不良、気温低下により毛無山からゴンドラまでのゲレンデ滑走はガリガリバーンと化していた。終盤近くまで省エネを図ったためか、余力を残しており、毛無山への登りはまあまあのペースで、中間位の順位で完走、ご褒美のビールにありつけた。

・信濃町からは、同行下さったサンプラのYさん(私と同年齢)と息子さんほか3名の若者、そして72歳で今回のツアー最年長のMさんが参加。Mさんはスワロースキーの立役者でネイチャースキー草分けの方、このツアーを体力のバロメーターとしているとのこと、参加メンバーとの話題豊富な談笑も今回の大収穫であった。Mさんは物理学と野外活動勉強後、スワロースキーで研究活動、脱サラ後は焦点は「スキー」から「自然」「環境」へ移り、現在、木水土里研究所代表、「センス・オブ・ワンダー遊び」雪の森遊び教室in黒姫のファシリテーターで、日本スキ学会の評議員(杉山進・平沢文雄も評議員)です。
・バックカントリーの楽しみは、パウダー狙い、春の標高差のある豪快な山岳スキーなどなど、興味つきないが、今回のような歴史ある趣深いハードなネイチャーツアーも、すこぶる楽しく、達成感が得られるものである。初参加者は少ないようで、この魅力にはまっている方々のリピートが多い。とくに「ポパイ」さんは35回の参加で表彰され、例年、翌日には逆ルートで奥志賀に帰るとのこと。まったく尊敬しちゃいますね。
・11日は朝食前に外湯3か所、大湯・河原の湯と初体験の「熊の手洗い湯」を楽しみ、約1時間で信濃町へ帰った。


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