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ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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滝川本流沢登り◆写真 

辻本です。滝川本流の記録を報告します。

08 コレさえあれば今日の苦労もなんのその

滝川本流遡行~古礼沢遡行(滝川支流金山沢下降~滝川本流下降)
【参加者】CL:上茂 渡辺(三) 辻本
【7月18日】出会いの丘駐車場(AM7:00)~天狗トンネル先下降(8:30)~金山沢下降(PM2:00)~滝川本流出合いテント場(PM4:30)
【7月19日】テント場出発(AM8:00)~滝川本流下降~豆焼沢出合い(AM12:00)~水平道(AM12:45)~天狗トンネル上(PM5:30)~国道(PM6:00)~出会いの丘駐車場(PM6:30)


当初の計画では滝川本流を遡行し古礼沢を上がる計画であったが、ルートミスや体調不良で金山沢下降~滝川本流下降となった。出会いの丘を快調に出発したが、シェルターを天狗トンネルと間違え、豆焼沢に下降してしまった。再度登り返し1時間のロス。天狗トンネルを過ぎ釣り人への注意書きがあるポイントで下降。途中の水平道から下流に立派な吊橋があり、釣り小屋への山道と判断し入渓の遅れを取り戻すべく先を急いだ。
山道は崩壊が多くアップダウンもあり、山を巻くため沢と沢との間隔が、滝川本流の遡行図上の距離感と違い、また増水のため水量のある枝沢が山道と交わったりしたためか、曲沢を金山沢と誤解してしまった。その内、私の膝が痛み出し、協議の結果、釣小屋付近でビバークと決め、槙の沢と思ったところを下降したが、本流手前の滝で金山沢と判明。その滝も巻き道が崩壊していて、更なる高巻を強いられる。Fixロープ、4ピッチの懸垂下降など2時間はかかった。本流に降りたったのは4時を過ぎていた。本流を渡渉し、以前はテント場と思われる縦に3人が眠れる平地にタープを張った。このテント場は平水時から3mほど上である。これが抉られているのだから、その時の水量を推測するとぞっとする。三チャンが岩魚を4匹ゲット。焚火も順調に燃え、1日の疲れを酒で癒す。

 翌日は私の膝と疲労度を考え、滝川本流を下降する。8時にテント場を出発。昨日より10cmは引いた水流を、右に左にと上の廊下をイメージしたスクラム渡渉を繰り返し、時には流されしながら昼頃には豆焼沢出合いに着く。山道よりもはるかに早い。少し豆焼沢を上り、適当な所で国道を目指して上った。
12時45分頃水平道に着き、遡行完了を祝う。が、今回の核心はここからであった。元の道を上がれば30分も掛からずに国道に出るものを、近道とばかりに岩尾根を上がる。やがてザイルで確保しなければ危険な泥壁になり、トラバースもできない。上へ上へと突き上げられ、岩場に巣作く鷹の「ピーピー」という鳴き声が聞こえ始め、いたずらに時間が経過する。気が付けば道路は100mほど眼下にあり、天狗トンネルの上の天狗岩に上がってしまったことに気付く。懸垂を繰り返し、最後はトンネルの出口上から国道に降りたった。5時間あまりの天狗岩クライミングルート開拓をやってしまった。
駐車場へ戻る足の重いこと。泥に汚れた沢靴が舗装路をベタベタ、登攀具がチンチャラと虚しく鳴り、過ぎ行く車からは奇異の目で見られながら、暮れ出した出会いの丘駐車場に着いた。
出会いの丘では携帯が繋がらず、山行管理に連絡を取るため里への道を急いだ。
下山連絡が遅れたことをお詫びします。


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白馬岳~親不知 

柘植です。ここ2年くらい毎年計画しては潰れていた懸案コースに
三度目の正直でようやく行ってこれました。


【山域】北アルプス  【コース】白馬岳~親不知  【天候】晴れ
【日程】7/16(金)夜発 7/17(土)~19(月)  【メンバー】柘植単独
【記録】

7/17(土) 猿倉0620白馬尻0720村営宿舎1110白馬岳1200雪倉避難小屋1400
 今日の天気予報は曇り/雨(午後雷雨)というものだったので雨中行軍覚悟
だったのだが、予想が外れたか良い天気だ。猿倉から大勢の登山者とともに
大雪渓を登る。山頂には昼前に着いたが、ほとんどの登山者は山頂直下の
山小屋に吸収されてしまい、一部の人が山頂をピストンするぐらいで、山頂から
先へ足をのばす人はほとんどいない。三国境までは栂池方面からの登山者に
わずかに出会うが、雪倉方面への道に入るともう皆無。雪倉避難小屋には誰も
いなかったが、夕方もう一人やってきてやはり栂海新道とのこと。地元安曇野の
人で、信州の山のことをいろいろ教えてもらう。夜トイレに起きて小屋の外に出て
みると満点の星、眼下には大町あたりだろうか街の灯りがとてもきれいだった。

7/18(日) 避難小屋0430朝日岳0950黒岩山1300犬ヶ岳1615栂海山荘1630
 朝から快晴で元気に出発する。同行者と話がはずみすぎたか、朝日岳へ直接
向かう分岐を見過ごして水平道に入ってしまう。このため1時間以上遠回りとなり、
朝日岳着は10時前になってしまった。山頂からは春に行った僧ヶ岳~毛勝三山が
なつかしく眺められる。ここから黒岩平までは全体としては緩やかな下りで、池糖と
お花畑のすばらしいルートだ。ただ黒岩山から先が厳しかった。標高も1600mと
落ちてきているし、午後の一番暑い時間帯。難行苦行の末に栂海山荘にたどり
ついたのは16時半、なんと12時間行動になってしまった。栂海山荘には今朝朝日
小屋を出発した人を中心に40名くらいいたと思う。小屋前は展望のよい広場に
なっており、小屋は混んでいるようなので、今日は持参のテントで過ごす。
夕方日本海に沈む夕日をみつめていると、ここに来てよかったとしみじみ思う。

7/19(月) 栂海山荘0420白鳥山0800坂田峠1010親不知1350
 昨日の疲れが抜けておらず、なんとなくだるいが、あこがれの日本海に向かって
出発する。今日はゴールが日本海(海抜0m)なので、当然全体としては下りなのだが
結構アップダウンがある。おまけに朝からジリジリ照りつける太陽に焼かれて早くも
熱中症状態。さらに靴擦れとマタ擦れが加わって、えらいことになってくる。最後は
感動的に栂海新道入口のゲートを潜るシーンを想定していたのだが、もうヨレヨレ
状態で倒れこむように潜った。出た所は国道で倒れているわけにもいかないので
目の前のホテルまで頑張って倒れこみ、3日間の汗を流してから帰葉した。
(ホテル親不知では1,500円で風呂+駅までの送迎サービスを行っており、これを利用)


以上
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飯豊山◆写真 

飯豊山山行報告をいたします。

14 飯豊山 (門内岳テンバ)__014

実施日:平成22年7月16日(金)夜行~19日(月)
メンバー:三代川CL・橋本・澤田(淳)・深谷・田中
報告者:田中
「時間記録」:
16日22:30津田沼発=山形県小国町飯豊温泉5:30着
17日6:00登山開始~門内岳テンバ着14:45(16:00~17:00ころ強烈な雷雨となる。)
18日門内岳テンバ5:30発~御西岳10:55(三代川・澤田・深谷は大日岳へ往復)~(田中・橋本は飯豊本峰へ)~飯豊本峰(本山)テンバ着(田中・橋本は14:30着)
(三代川・澤田・深谷は16:30着) 
19日本山テンバ4:40発~本峰(本山)5:10より大グラ尾根の長大なアップダウンの多い尾根を下りだす~12:20つり橋~飯豊温泉13:30=風呂/食事の後で帰途につく=千葉23:00ころ。

「行動記録」:

16日)22:30三代川宅前で全員合流して、橋本車にて飯豊(山形県小国)を目指して出発する。
17日)出発準備及び計画逆ルート(初日の蒸し暑い中の10時間に及ぶ登りをキツイと考えて変更する。)での登山を山行管理と登山口での警察に届け出を行い、飯豊温泉の前より、いきなりの丸森尾根の急登を喘ぎながら登り出すが、直ぐに大粒の汗が噴出す状態となる。
東北特有か?藪のような樹林帯の中、風は無風で体温のみ上昇が自らも解る状況の中で、少しづつ、ただただ、歩むことに精をだし、登って行く。
途中の夫婦清水は少ないが充分な水量で、熱った体を冷やすのと水補給が出来て、
皆 満足な笑顔であった。
丸森峰から地神岳に着くころには稜線に高山植物が咲き出し特にヒメサユリと日光キスゲ他の花々の出迎えを受けるが、気温は相変わらず蒸し厚く、心は直ぐに砕かれて仕舞いそうな中に豊富に残る残雪にハチミツ氷を食したり、キツイ中にも楽しんだ尾根歩きであった。

07 飯豊のミヤマリンドウ 007

テンバに着くと一人500円のテント料金を支払い、水が殆ど取れないとの情報で、やむなく小屋のスコップを借りて汚い雪渓の雪をとり溶かして三角巾で濾して炊飯に使うことになる。このころより(特に16:00ころからの1時間)雷鳴とともに激しい雨風が襲い、食事準備と酒の談義をしながら機能抜群のゴアテントに守られ、中でキャー・オオーと悲鳴から雷鳴か?を聞きながらそれなりに過ごす。
(私の私的な状況:酒を呑みながら表向きは冷静を装いながら、実は万一テントが潰れたら、何をしょうか?テントが飛んだら何が必要か?考えて小さいナイフはとか?小屋まで何十mでとにかく突っ走るだけか?など考えていた。また 雷鳴と光の時間を
考え300~600mの距離かな?とか考えていた。)
ともあれ素晴らしいゴアテントに守られ1時間後に嵐の後の静けさを味わう。
また 風呂桶をひっくり返したような雨風の為、雪渓に充分な水が補給され、お陰で
綺麗な水をゲットをすることが出来た。(神仏よ感謝感謝)
食事は澤田メニューのウナギが山の上に開かれた状態でご飯の上に鎮座しており、
感謝感謝の食事となる。

18日3時に隣の大学ワンゲル部が動きだし騒がしい中4時起床して澤田メニューの食事を頂き、今日は風もあり、昨日よりは動きやすい中を飯豊本山へ向い長い稜線をことになる。
幸いに涼風とガスが強烈な太陽光線をさえぎりまた時折に出てくる残雪の冷風と雪の冷たさに体と心を冷やされ、其の上に点在する各種のお花畑に感動しながら進む。
この時期の皆さんが思い浮かぶ花は殆どが咲いていましたし、群生していて、正に見事でした。
御西岳より若手は大日岳に非常装備だけ持ち、往復に出る。我々年配組はテントを持参して混雑の予想のする「」テント場確保と不安材料の水確保をすべく、二組に別れて行動する。
本山テンバは飯豊神社(奥宮)の土地内であり、キャンプ届けは神社管理所に届けて
費用を支払う。(トイレは小屋側のトイレを使用)
水は片道5分の雪渓に小屋管理人は昨日に穴を掘り下の水が取れるようにして頂いており、容易にとることができた。
水のお陰よ天候のお陰で衣類を乾かし。今宵も澤田メニューとお酒で星を眺めてての夜となる。

19日3時に起床して、長大かつ、アップダウンの連続の大グラ尾根を下降して帰る日の朝となる。小屋の前で日の出を拝み、本山(峰)に戻り、いよいよ下降開始となる。
朝露と足元の草とコケで滑るふみ後を慎重に慎重に下山して行くが、今日も涼しい風に助けられ厚い厚い中でも豊富に持参の水があり、幾峰を無数に居る「ブヨ」払い払いながら下山して行く、900mほどの高度で長坂清水(矢印方向に片道5分があるが
手前で汚い小さい池がありここと勘違いして諦めて先に行かないこともあり)には豊富な水量で熱った体と心を癒してくれた。
尚も急な下りを続けて玉川のつり橋に出て、轟々と流れる水で体を拭いたり浴びたり
呑んだりで、ホッ! ホッ!充分な休憩で後は約1時間で帰りつくと達成感が沸いてきて皆 足取りもp軽やかに帰途に着く。

以後はお風呂500円と手打ち蕎麦で充実した今回の飯豊登山を幕として長距離の帰還をした。
最後に飯豊はこの時期は高山植物は多彩で大変に良い場である反面で東北特有の
ブヨ・山ダニ・蒸し暑さ・水の状態が不安定・基点間の行動時間が長い・高度差のある
アップダウン等に厳しい面の多分にあり、準備と事前調査を充分に行う必要がある山でもある。しかしそれらを乗り越えてのお花畑と残雪と大いなる」山並みはこれらを差し引いてもあまり有る魅力の山である。
尚)小屋は素泊まりのみで、寝具も全て持参で1人/1500円である。
今回の大変な混みようで早めの到着の人は次の小屋に行くように指示が出ていた。

以上)文責 田中


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