ちば山の会の山行報告

ちば山の会 山行報告のページ

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南米ペルートレッキング 

先月、あこがれのペルーマチュピチ、クスコなど南米トレッキング&旅行をしてきたので報告します。

山行部分
9月26日金 マチュピチ山3050m
9月27日土 ワイナピチュ山2750m


今回の旅のハイライトは、前からあこがれていたペルーのマチュピチ遺跡だ。

アメリカの歴史学者ハイラム・ビンガムがマチュピチュ遺跡を発見したのは、1911年。ほんとに麓からは想像もできないような、幻の空中都市が広がっている。それを取り囲むように、3051mのマチュピチ山と2750mのワイナピチュ山が東西にそびえたってる。今回はマチュピチ村(2060m)に2泊して、その二つの山の上からも遺跡を眺めようという計画だ。どちらも麓の村からバスで遺跡(入口)まで行き、遺跡の中の登山口から登る仕組みで、初日の26日は、マチュピチ山。雨模様の中登山口でパスポートNOも含め、名前と国名等書き込んでゲートを通過する。最初は林の中を石段を登っていく。世界の様々な国の観光客が軽装で登って来るが、途中からは、石段は急になり、雨で滑りやすく、ちゃんとしたトレックシューズに両手が自由になるザックに雨具や水を入れておかないと危険である。遺跡から標高差600m約2時間弱で頂上だ。遺跡は1500年代位に作られたとされているが、この山の石段も同じインカ時代にインカトレイルの一部として作られたのだろうか?頂上には、古い東屋みたいな雨をしのげるものがあり、その先に600m下の遺跡群が、ガスの移動の合間に見え隠れする。その向うにワイナピチュ山がそびえ立っている。晴れていれば、4000m級以上の山々も見渡せる展望ポイントであるが、今日は残念ながらNG。

1時間20分ほどで下山し、遺跡の見学に入った。遺跡は5km2その半部は斜面に作られており、その周囲は、高さ5m厚さ1.8mの城壁に囲まれている。遺跡の内容は割愛するが、こんな山の上にこれだけの空中都市を作れた技術や根性?には、まったく恐れ入る。翌日は、朝早くバスにのり、6:30には、遺跡の東端のワイナピチュ山の登山口集合した。この山は、1日400人の入場制限があり、午前7時の回と10時の回で200人づつという事になっているのだ。

こちらは、事前に入山チケットを買った人のみであり、ゲートでの名前パスポート#を前日同様記入し、下山時もチェックを入れて、厳密に入退場がコントロールされている。ワイナピチュは、ゲートからの標高差は300mほどだが、マチュピチ山よりずっと急峻で、かなりの壁面にワイヤーが這わされている。こちらも石段トレイルが基本で、よくぞここまで整備されている。500年以上も前からである。頂上付近には、幅3~5mのだんだん畑が何十段も続いており、遺跡のさらに300mの上の急峻な頂上付近にも見張り小屋や何らかの生活施設があったようだ。ほんとにどうやって石を運び積み上げて要塞?をつくったのか全く想像を絶する。頂上では、幸い天候に恵まれて今日は300m下の遺跡が良く見える。写真を撮りながら1時間ほど、この絶景の空間を楽しんだ。下山して1時間ほどで、荒天となり雨宿り状態となる。その後90分ほど待ってみたが天候が回復せずで、長蛇の列で下山バスを待ち、早めに村に戻った。そしたら1時間もせずに天候は回復し、日が出て衣類を乾かす時間となった。

目まぐるしく変わる山の天気に2日間とも翻弄されたが、インカ文明恐るべし、悠久の南米の文化、遺跡、景観を存分に楽しむ旅となった。

マチュピチ遺跡は、旅行会社でパックツアーがたくさん出ているが、もし遺跡見学に行くなら、ワイナピチュ山へは、(事前入山券が必要だが)是非とも登って頂きたいと思う。

ご参考:<全行程> 
成田→サンディエゴ9月17日
22日ペルー リマIN→クスコ→マチュピチュ→クスコープーノ(チチカカ湖 ウロス島) (ペルー)
ボリビア コパカバーナ(太陽の島)→ラパスーウユニ(ウユニ塩湖2泊3日ツアー) (ボリビア)
ウユニ→ラパス→サンタクルス  (ボリビア)
イグアス→ブレノスアイレス(アルゼンチン)
ブエノスアイレス→(AA ダラス経由)→サンディエゴー成田 アメリカを含む全行程32日間

髭の自由人 村尾 憲治

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アパラチアトレッキング◆写真 

先月、米国東部にあるアパラチアトレッキングに行ってきたので報告します。

1 AT入山集合写真
 [AT入山集合写真]

日程6月1日~5日
アパラチアトレッキング:Salisbury CT~Jug End MA  25mile(別途NHのホワイトマウンテンにも観光登山 
同行者;静岡の山岳サークル Sさん Tさん、Aさん 村尾(記) (日本から) 
アメリカ人Sさん とライヤン(息子), Eさんと Jr (息子)(米国から)  


 アパラチアントレイルは、ジョージア州から、メイン州まで2000マイル超>(約3500km)もある壮大なアパラチア山脈にそって作られた自然道トレッキングルートだ。

日本人では、作家であり自然愛好家の故加藤則芳氏が、この2000マイルを走破し<メインの森をめざして>という旅行記を出版している。毎年春2-3月にジョージアをスタートし8月9月までに(5~6か月かけて)一気に歩く人は、2000マイラーとして認定される。全行程歩くスルーハイカーは実際は挑戦する人の10%位しか完歩できなといわれる。ロングトレッキングハイカーの中で憧れのトレイルといわれているアパラチアトレイル(AT)―そのほんの一部をマサチューセッツ(MA)とコネチカット(CT)州でセクションハイクして来た。元の会社の同期友人が所属する静岡の山岳サークルのS氏77歳とAさん73歳と一緒。S氏の友人の沿岸警備隊(コーストガード)に所属するアメリカ人Sさんとほかに3人のアメリカ若者が加わった、多国籍かつ年齢バリエーションの多彩な珍道中であった。

日本からは、Bostonにはいり、そこで観光。そこから電車でSteveの自宅のCTの小さな町Mysticへ。入山の起点としたSalisburyに車2台でアプローチ、日本人グループも5日間の食糧とテント泊自炊の道具を含め13~15KGを背負ってのスタート、久しぶりの重荷のトレックだが、通常の山と比べてのぼりの傾斜はゆるく、普通の人でも時速1.5~2km位のペース?。初日は、3時間半ほど歩いてMt.Riga Shelterへ(5Mile)。人数が8人なので、各自が持参のテントを張り、フリーズドライの食糧をお湯を沸かして晩飯という事になる。このメンバー、山中でアルコールを飲むものはいないという事を知りショック(笑)。(これまで5日分の食糧など重くてキャリーしたことがなかったが、今回は、ほとんどすべてをフリーズドライものとして、お湯でのみ溶かす、温める食事+行動食。味気ないが、少しでも軽くしないと5日分も運べない。

それと、水は当日食事で使う分と翌日の行動時間の水分を川などからくんだ水で対応するが、バクテリアなどをきにして、ほとんどのハイカーが、液体を垂らして浄化するか、濾し器セットでクリーン水するのが日課だ。日本では、必ず山小屋か湧き水などでクリーンな水補給ができる事が多いが、こちらは、各自が浄化して水を飲む方式だ。

2日目は、CTのBear Mt.経由でS Ravine Campsitesへ。Bear Mt.は見晴がよく、しばし重い荷物を忘れて高原の涼風を楽しんだ。この日も早めにキャンプサイトに着き、午後はゆっくりのんびり過ごす。いろんな話をしたり、行き交うハイカと情報交換したりする。何人かは、メーン州を目指す<スルーハイカー>に出会うが、みんな1日に平均8マイル以上歩くようだ。中には、20マイル以上32kmも歩く強者もいる。

3日目
は、Race Brock s Shelterへ、予報通り夕方から本格的雨に見舞われた。各自の小テントは、フライのないものもいたが、森が深く何とか浸水を免れた。朝には、雨は上がっていた。

翌日(4日目)は、マサチューセッツ(MA)に入りMt.Everettを超え、Hemrock Shelterへ。MAはたき火がOKで、みんなでたき火を楽しんだ。時間が余れば、ベンチでトランプをしたり、近くの小川や湖で水浴び遊びなどもする。今回日本にはない面白いものとして、Bear Boxがある。熊の出没頻度が高いため、熊の気を引く食べ物のにおいに気を使い、ビニール袋にしっかり入れて、寝る場所から少し離れた鉄板でできたBear Box (クマよけ食料置き場)にいれて朝をむかえるのだ。どこのCampsitesやShelterにも必ず備え付けだった。こちらのシェルターは、日本でいえば、避難小屋だが建物の構造的に4面のいうち1面はオープンになっており、寒さ、風、雨には、強い施設とはいいがたい。それでも多くの単独トレッカーは、テントを張らずにすむので、このシェルターを梯子しながらトレックを続けていく。トイレは、サイトに一つは、会ったが、おがくずをかけるだけの質素できれいとは言えない施設。もちろん、山小屋は皆無、シャワーは川で水浴び、といった感じだ。ロングトレッカーは、時々麓の街や村に下りては、風呂に入り、洗濯し、食料を補給し、またトレイルに戻ってくるのだ。おしゃれなoutdoorスポーツからはほど遠い、どんくさいハイク・トレックと言える。(ヒマラヤでも2週間風呂にはいれない事はざらだが、米国の方が湿気が多い分、荷物が重い分=大汗かく分、大変といる。)

最後の日(5日目)
は、雨の中の下山となったが、地元のモーテルでお風呂に入りビールで乾杯して、5日間のサバイバルトレッキングを振り返る<ご苦労様会>で幕を閉じた。

全行程約25マイル。歩行時間賞味18時間。4人のアメリカ人とじっくりお話できる機会も楽しんだ。
お暇な方は、後日29枚の写真をHPWEBサイトにのせますので、ご覧下さい。


PS:
この前後の合計3週間で、VT、NH,ボストンMA、Mystic, CT NYC ロングアイランド(元いた会社訪問)など 米国バックパック&レンタカー旅行を存分に、かつのんびり楽しんだ。理解のある妻に感謝。


+写真集へのリンク+
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ネパールトレッキング◆写真 

こんばんは。たけしたです。

年末年始の連続9日間の休みを利用してネパールのアンナプルナ・ダウラギリ山群のパノラマトレッキングに行ってきました。
トレッキングは5日間で、すべてロッジに泊まり、シェルパ達が作ってくれる食事はある程度日本人用に作ってくれたのでペロリと平らげてしまうほど食欲があった。お正月は手巻き寿司とお汁粉の日本食にバーべキューと言う豪勢なご馳走だった。

我々の重い荷物はロバが運んでくれたので、日帰りの軽い荷物でトレッキングができました。
急な石段の昇り降りをストライキも起こさずに良く働いてくれたロバに感謝!!

現在ネパールは乾季であり、この時期ならではの8000メートル級の山々の展望が最高に望める時期である。
我々は最高の展望を堪能できた。朝晩は冷え込み、シュラフの中に湯たんぽを入れて寝たので寒さは感じず快適に過ごせた。

日中は26度ほどの陽気で小春日和気分で、朝晩の寒暖の差が激しく、衣類の調整が必要だった。
ツアートレッキングで痒いところに手の届いたお姫さま山行でした。

今度はエベレスト街道をトレッキングしたいと思っています。


06、アンナプルナサウス・マチャピチャレがだんだん近ずく
 [アンナプルナサウス・マチャピチャレがだんだん近ずく]

12月27日 羽田空港発 カトマンズ(泊)

12月28日
 カトマンズ空港からポカラ(泊)

12月29日
トレッキング1日目ポカラから専用車でナヤプルへ シェルパ達とトレッキング開始。
モデイ渓谷沿いの道をシャウレバザールの上村(1170m)へ。
さらに段々畑の斜面に作られた石畳の道を登り、ゆっくりとグルーン族の村ガンドルン(1950m)に到着。
ロッジの目の前にドカンと8000m級の山々が夕日に輝いていた。

12月30日 トレッキング2日目
アンナプルナ・サウス・マチャプチャレの山々を間近に眺めながらゆるい登りをタダバニ(2650m)に早い到着後、ゆっくりつくろぐ。

12月31日 トレッキング3日目
シャクナゲの森の中を歩く。約10m以上も聳える大きな木が群生しており、真っ赤なシャクナゲの花が咲くらしい?シャクナゲの赤い花が1輪狂い咲きしていた。
大きな滝のある沢沿いの山道をデウラリ峠(2990m)に向かう途中、雪がチラホラ降ってきた。
シャクナゲの尾根街道をゴラパニ峠(2895m)へ。ダウラギリ方面の展望が開けているはずであるが残念ながら雲の中であった。

1月1日  トレッキング4日目
早朝発 好展望の丘プーン・ヒル(3194m)で朝焼けのダウラギリ1峰(8167m)、アンナプルナ山群(8091m)マチャプチャレ(6993m)の素晴らしいパノラマを堪能。
ロッジに戻り朝食後、ジョムソン街道の石段をヒレ(1500m)まで高度を下げる。

1月2日  トレッキング5日目
山々を振り返りながらナヤプルに戻る。ナヤプルより専用車でポカラ。ポカラ空港からカトマンズ(泊)

1月3日  
午前中フリータイム。カトマンズの街を散策。約2、30年ほど前の日本のようである。
至る所で道路工事をしているためマスク使用。蕎麦会席の昼食。
夕方カトマンズ空港からソウル空港へ。

1月4日
  ソウル空港から羽田空港。



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ピレネートレッキング◆写真 

杉山喜代枝です。7月24日~8月1日ピレネー(アルパインツアー)に参加したので
報告します。


P1060393.jpg

山域    フランス、スペイン国境ピレネー山脈中心部
行程
7月24日成田10;40-アムステルダム15;05-トウールーズ22;15泊
25日トウールーズールルドートウルモース渓谷ハイキングーガバルニー17;00泊
26日ガバルニー渓谷現地ガイドピエールさんとハイキング大滝まで行く。ホテル泊
27日ホテルより車でダンテ峠へ9;30-テヨン山脈トラバースー
サラドウ小屋1;30-ブレシュ・ド・ローランー一本歯岩?-小屋17;00泊
28日小屋発7;15-ブレシュドローラン9;10-ゴリッツ小屋14;;30泊
29日小屋発8;10-ホーステール滝10;30-オルデッサ展望台2;10-バス停3;55-トルラ(エーデルワイスホテル19;00)スペイン
30日ほてる7;30-ビオーサルヂギュエ湖9;15トレッキングーアユー湖11;50-バス停15;00-ツウールーズ19;50泊
31日ホテルーツールーズ11;20-アムステルダム14;55-
1日成田8;55


山行を振り返って
・昨年、12月のニュージーランド位に考えて参加したが、氷河はないものの、雪渓,岩稜帯急登、急降下の連続でそれなりの山塊でした。
スケールの大きな渓谷と、花のピレネーの宣伝どうりで、マーモットやゴールデンカモシカやイーグルにもであえました。快晴にめぐまれ、無事帰国できてよかったです。
ピレネー山脈の中の唯一の火山ビック・デウ・ミッヂィ・ドッソ(2884M)はケニヤ山のバテアンのようでロッククライミングのメッカです。

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ルートバン、マウントクック◆写真 

杉山喜代枝です。
2011年12月21~29日ルートバン、マウントクック
あるいてきました。


P105004 マウントクックリリー513

21日成田発18;30
22日オークランド9;20-クイーンズタウン13;55-
   ルートバン事務所でミーテングホテル泊
23日ホテル発7;00-テェアナウーデバイド峠11;00-
   キーサミット往復ー滝3;15-オーチャードヒル4;31
   -マッケンジー小屋5;30泊
24日小屋発9;30-ハリス峠12;10-コニカルヒル往復
   2;30-ルートバンホールズロッジ3;55泊
25日小屋発9;30-湿原ートレースエンド2;30-クイーズタウン泊
26日ホテル8;00-マウントクックハーミチーンホテル12;00
   -フッカー氷河往復ー6;10ホテル泊
27日ホテル9;08-セアリーターンズ12;35-ケアポイント
   14;00-ホテル16;40泊
28日ホテル10;00-クライストチャーチーオークランドーホテル泊
29日オークランド9;15-成田16;25


ニュージーランド南島ルートバン、マウントクックトレッキング報告
全行程快晴で、氷河を持つ山と湖、滝、地とうを堪能してきました。
ツアーリーダーの小暮一男さんは現地15年在住のガイドで亡くなった
田中良子をミルホードへ案内してTVでおなじみの方で、植物、
動物、ビュウポイントに詳しくラッキーでした。参加者6人の足が
揃っていたので行程以外の場所も登れました。ルートバンガイド
(日本人ガイド1名含む)3名は色々な国からの参加者25名をロッジ
2泊40キロのコース全て手際よく楽しくガイドしてくてました。

クリスマスイベントのゲーム、ロッジの2時間ですべて乾く乾燥室に
びっくりしました。日本の山小屋とは段違いです。マウントクックの
ハーミテージホテルのコースガイドはネパール青年でマナスル、
アンナプルナも登ったベテランで、マントクックは7回登って2回しか
登頂出来なかったそうです。案内してくれたセアリーターンズは
ミューラー小屋手前の池(1250M)でマウントクックリリー
真っ盛りでした。奥又白池、マッターホルンを逆さに映す池、に似て
風がなければ、マウントクックが映るそうですが、少し風があり
だめでした。フッカー氷河先端までのルートはモレーンの中で吊り橋
2回渡りエメラルドグリーンの氷河湖まであるきました。ホテルの星
観察ツアーも夜10時集合でしたがまだ暗くならず、空港までバスで
行きレザー光線によるガイド説明で日本で見れない南十字星、
カノーブス、南極の位置をしることができました。
ハーミテージホテルの前にはヒラリーの像がありました。彼はこの国の
人でマウントクックで訓練をかさねて、エベレストへいったそうです。
富士さんより低い山山ですが、氷河を持ち変化があり、アップダウンが
少ないルートで私に会っていると思いました。


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